ウツでも生きている

ウツ体験記

ミヤマレイのプロフィールと略歴

こんにちは&はじめまして ミヤマレイ(@potunensk)です

 

以前はてなブログでブログを書いていたのですが、挫折したので新しくブログを立ち上げることにしました

 

改めて自己紹介をしていきたいと思います!

 

<プロフィール>

名前 ミヤマレイ(@potsunensk)

生年月日 1996年7月25日

出身 北海道函館市

職業 ブロガーになりたいフリーター

+α パニック障害だと思っていたら鬱だった

 

<略歴>

~その1 見た目は子ども、頭脳は割りと大人な小学生時代~

私にとって、一番平和だったといえるのが小学校生活でした

 

通っていた小学校は転勤族が多く、人の出入りがよくありました

そのため来るもの拒まず、去るもの追わずというさらっとした人間関係した

 

加えて市街地から少し離れていて静かな場所に建っていたので、全体的に穏やかなクラスだったように思えます

 

幸運なことに担任にも恵まれていたので、自主性の高い大人びた空気が流れていました

 

各々の考える力が高いので、6年生のときの学芸会では自分達で演出をしていたほどです

 

多様性を認め合いながら、互いを刺激し高め合う まさにゆとり教育が目指していたクラスだったのではないのかなと思います

 

今、振り返ってもこういったコミュニティには出会えていません

本当に理想のクラスだったと思います

 

だからこそ、そこからの落差はひどいものでした

 

~その2 動物のオリに放りこまれた中学校時代~

入学当時のことを今でも鮮明に思い出せます

 

教壇で担任が話しているのに話し声は止まることを知らず、ざわめき続け甲高い笑い声が飛び交う

 

まさに、猿山

私はただひたすら苦痛な時間が過ぎるのを耐え忍ぶしかありませんでした

 

でも苦痛は3年間続くことになります

 

周囲の会話の話題はアイドルの話か、他人の悪口のみ

本当にそれだけでした

 

悪口のベクトルは私の方にも向きます

 

ブスだのデブだの根も葉もない嘘を言われたりと・・・

自分だけではなく他の人も同様に言われていたりしたのですが

 

こちらを見ながらあざ笑うかのように悪口が吐かれるというのが日常の風景でした

 

私はただ閉口し、終わることをひたすら待ち続ける日々でした

 

そのストレスを全て勉強にぶつけていたので、それなりにレベルの高い高校に進学することができましたが

 

そのころには他者を信頼することをすっかり忘れてしまっていました

 

医者曰く、この頃からのストレスが蓄積して鬱に繋がっていたのではとのこと

 

 

~その3 人間不信のままむかえた高校時代~

高校時代はとにかくクラスメイトとなじむことができませんでした

 

誰かが自分のことをバカにしているのではないのかと怯えて、教室にいることすら怖くなっていました

 

そういう学校生活をしている中で、パニック障害になってしまいます

 

詳しくは別の記事を書こうと思いますが、簡単に説明すると、急に死ぬのではないのかと不安になり発作をおこすというものです

 

そのせいで本当に教室に入ることすら恐怖に感じるようになったのですが、数少ない友人と演劇、放送などの部活のおかげで卒業するまでなんとか通うことができました

 

それでも何とか通えるレベルだったので本格的な大学受験は諦めて通信制の大学を選択しました

 

 

~その4 心が消耗してしまった 大学&バイト&演劇の3コンボ~

養生しながら勉強ができると思い通信制大学を選んだのですが、現実はそんなに甘くはありませんでした

 

試験の日は決まってやってくるのに体調面が優れず、自分が思うレベルまでの勉強というものがずっとできない日々が続きました

 

加えてバイトの調子もあまりよかったとは言えませんでした

 

生まれてはじめてのバイトはお弁当作りでした

 

現場のトップである料理長には休みが1年に1~2日程度しかありませんでした

加えて事業が拡大し、仕事がどんどん忙しくなってゆき空気が変化していったのを覚えています

 

料理長にあいさつをしてもただ睨まれるだけだったりとか、悪いことをしていないのによくわからないタイミングで怒鳴られたり、長年働いていたパートさんを辞めさせたり

 

働くのがとても怖くなりました

 

パニック障害だったこともあり、恐怖は日に日に増幅し1年ちょっとでこの仕事を辞めました

 

他にも趣味でアマチュア劇団で演劇活動をしていたのですが、ここでも心を消耗してしまいます

 

地元ではそれなりに大きくて活発な劇団に所属していたのですが、そこには制作というものが存在していませんでした

 

ここでいう制作というのは簡単にいうと作品作りに関わる裏方作業をまとめ上げるようなポジションのことです

 

今思えば、皆でちょっとずつやって運営できているならそれでもいいのかもしれませんが

 

当時の私はそんなふわふわした状況でお芝居を作るなんて怖くて舞台になんか立てないと思いました

 

役者志望だったけれども、自ら舞台に立つことをやめ裏にまわりました

 

はじめはベテランの人に付きながらサポート的なポジションで制作ができればなんて思っていましたが

 

こともあろうか18そこらの小娘が制作のトップに立たされることになってしまったのです

 

20代から40代くらいの人が大半のなかで私がまとめあげなくてはいけなくなりました

 

よい舞台を創るためと頑張りましたが、年に2回の公演+αでかなり消耗してしまいました

 

消耗しきった私はすべてやめることを選択しました

 

~その5 全部やめて、今~

消耗しきった私は、メンタルクリニックに足を運びました

 

パニック障害になった当時ちょっと通院していたのですが、親に負担をかけていることへの罪悪感で勝手に通院をやめてしまいました

 

パニック障害は放っておくの鬱になりやすいそうで、私はその典型でした

今回はしっかり治すためにちゃんと通っています

 

つい先日、医療負担費用が1割になる自立支援医療の申請もしてきたので心置きなく治療に専念できます

 

家族からは鬱を完全に理解しているとは言いがたいですが、治療するには十分な理解は得られているのではないのかと思います

 

大学もやめてしまって現在はフリーターなので、野菜の選果などのバイトをしながら細々と生活しています

 

いつか自分のお金で勉強して、在宅で働けるような環境をつくっていけたらなと計画しています

 

以上が私のプロフィールと略歴です

これから皆さまよろしくお願いします

 

では、また!